2014年5月31日土曜日

              

関東ふれあいの道(栃木)『No.36-1連絡コース』

2014/05/31(土)

ついに栃木県を抜けて福島県に入る。
散策コースと合わせて歩いたが、散策コースの見所は多いが連絡コースの方に見所はほぼない。
しかし県境の峠を越えるときの感動は大きい。











スタート地点の最寄りのバス停である芦野仲町へ行くために黒田原駅からバスに乗り込むのだが、普通列車を乗り継いで行ったのでは始発に乗ったとしてもバスの時間が合わず、最も早くてもスタートが14時過ぎになってしまう。
それだと遅すぎると判断したので、始発のバスに乗るために今回は交通費が嵩むが新幹線を利用することにした。
仙台行きのやまびこに大宮駅から乗り込み、那須塩原駅まで行ける。






黒田原駅に到着。
交通費を安く済ませるために利用しているJRのおとくな切符「休日おでかけパス」を、いつも到着駅で精算している(利用可能範囲が自治医大駅までなので、そこからの運賃精算になる)のだが、黒田原駅には自動改札がなく、普段は駅員がいるのだが、早朝であったため不在であった。
東北本線はワンマン列車なので車内で精算するべきだった。(もしくは新幹線を降りた那須塩原駅で一度精算して黒田原駅まで切符を買えば良かった)
仕方ないので帰りに精算額を払えなかった旨を駅員に伝えて払った。


黒田原駅からバスに乗り込み芦野仲町バス停で降車。
そこから少し歩き遊行茶屋に到着した。
ここからスタートだが、まずは散策コースで周囲を周回してくる。











散策コースの標識が見当たらないが、遊行茶屋の裏手を通りまずは遊行柳を見にいく。
二本の立派な柳の木が水田の中に立っている。












遊行柳の間を通り抜けるとその先に今度は大きなイチョウの木が立っている。














イチョウの木の下に小さなお社がある。
温泉神社上の宮というらしい。














遊行柳から先は写真のような「芦野の里」と書かれた標識が散策コースを案内してくれるが、片側しか示していないところがあるので、この周回コースは反時計回りに歩いた方が良さそうだ。











遊行柳と上の宮を振り返る。
水田の中に佇む姿が美しい。














標識に従いしばらく歩いていくと古い石碑があった。
愛宕山重修の碑というもので、寛永元年に石碑の背後に見える愛宕山を改修したことの記念として建立されたものであるらしい。











山間の田園風景の中を歩く。
気持ちいい。














健武山温泉神社に到着。















境内には写真のような立派な杉の大木が三本ある。
落雷で焼けた跡が見られるが、健在のようだ。



















健武山温泉神社を後に更に歩いていくと、今度は芦野氏居館跡があった。
ただの畑にしか見えないが、かつて芦野氏の館がここにあったのだと言う。












館山城址が間近に近づいてきた。
城址に向けて道があったので散策できるのだろうが、今回はパスした。













国道294号に出てきた。
芦野氏旧墳墓に向かう。














No.35-1のとき素通りした芦野氏旧墳墓。
五輪塔がいくつかあった。














少しNo.35-1と重複した道を歩き、写真の場所で階段を登る。
この階段の手前にも歴史探訪館の標識がある。
どちらから入っても上で道は合流する。
関東ふれあいの道の標識はない。










階段を登りきると自然散策路のような道になっている。
標識はないが、ここは左折。
右折すると階段手前の分岐道に行くと思われる。











歴史探訪館にはすぐ着くのだが、その前にすぐ近くにある御殿山芦野氏陣屋跡に立ち寄ってみた。
坂を上るとその先が広場になっている。
これは二の丸だそうだ。
No.35-1のチェックポイントだった裏門はここにあったものが移築されたのだろうか。









二の丸の奥にいくと土塁の上に築城記念樹の高野槇が立っている見える。
一際古そうな木なのですぐに分かる。













二の丸から階段を登ると東屋の建つ本丸跡がある。














那須連山と芦野集落を眺望できる。















御殿山を降りてコースに戻ると那須歴史探訪館がある。
一応中を見学したが、それほど展示物は多くない。












歴史探訪館を後に、少し山道を歩くと芦野氏新墳墓がある。














芦野氏新墳墓のすぐ先に建中寺がある。
この先でNo.35-1と合流する。














遊行茶屋に戻ってきたのでここをゴールとした。















少し休憩した後、No.36-1コースを歩く。













福島県の白河の関跡を目指して国道294号を更に北に歩いていく。
結局国道294号には最後までお世話になる。













べこ石の碑というものがあるというので立ち寄ってみた。
寛永十年に問屋の戸村右内忠怒というものが建立したもので、孝行や善行について書かれているらしい。
わざわざ石碑に長文を記すぐらいなので、よほど説教好きな人だったのだろう。
石の形が牛(べこ)に似ているからべこ石というのだそうだ。







国道294号を一度逸れて板屋の一里塚のある小さな峠を越える。
かつては大きな塚だったようだが、車道を通すため掘割にしたために分断される形になっている。











しばらく歩くと再び国道294号に合流する。















国道を再び離れ寄居集落の中を通り抜ける。
この一帯は国道294号が旧奥州街道に沿っているが、この区間は外れているために、旧道のこちらを通らせているのだろう。












道は再び国道に合流するが、今度はそのまま国道を横断して山間の道に逸れる。
ここで本当に国道294号とはお別れである。
さて、ここからゴールまでの道はいよいよ退屈だ。
特に見所もなくひたすらに道なりに歩いていくだけである。









まだかまだかと歩いているうちに小さな峠に差し掛かった。
もしや、あれが。













この小さな峠が栃木県と福島県の県境であった。
やった。
遠路はるばる千葉県は富津から北に歩き続け、ついに関東を北に抜けたのである。
ここでの感動は大きかった。
さて、関東ふれあいの道の標識はここまでだが、コースはもう少しだけ続く。








栃木県とはまた違った景色だと思えるのは恐らく気分による錯覚だが、関東を抜けて東北の福島県を歩いているという高揚感は大きかった。













東北自然歩道の標識が現れた。
関東ふれあいの道の標識がなくなってしまったので、とりあえずこの標識に従い歩くことにしたのだが、結果的にこのせいで後にコースミスしてしまった。











写真の先に十字路があるが、そこでコースミスをした。
東北自然歩道の標識が左を示しているので素直に左折してしまったが、関東ふれあいの道はここを右折だった。











コースが分からなくなってしまったが、とりあえず白河の関跡に到着した。
ゴールは何処だろうか。
とりあえず白河神社に向かってみる。












白河神社。
白河関跡を境内としている。














広い境内に杉の大木が立っていた。
従二位の杉というらしい。



















白河関跡の周りをウロウロしていると、白河関跡の前にある駐車場に東北自然歩道の案内板を見つけた。
関東ふれあいの道を正しくあるくと(間違えた分岐点で左折すると)この駐車場に出て来るようだ。
ということでここをゴールとした。









駐車場の近くに「やたべ」という白河ラーメンを食べられる店があるのでそこで昼食をとった。
関の森公園バス停を始発とするバスが出ている。
すぐ近くだが、白河関跡の正面にもバス停がある。
どちらから乗ってもいいだろう。
ここからバスに乗れば白河駅まで行ける。








白河駅に到着。
駅前にも東北自然歩道の案内板があった。
「白河の歴史を学ぶみち」は白河関跡から白河駅までのコースなので、余裕があれば歩いてここまで来ても良かったかもしれない。
流石に白河駅からの帰路は長かった。
         

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