古くより遠野と釜石を隔てる要害として在った仙人峠を越える。
かつては行商人の旅路として、またある時は鉄鉱石の鉱山として栄えた釜石の山深い秘境の地。
仙人峠のその名には千人の鉱夫が生き埋めになっていることに由来しているらしい。
人の歴史を秘めた秘境の古道を歩き、人ならざるものと出会う道。
コースに入ると如何にも古道の峠道らしい九十九折が始まる。
森の葉の緑と木漏れ日が美しい。
九十九折を終えると穏やかで歩きやすい道になる。
山の中腹を横切っていく。
石灰石のような石が散乱している。
途中、落葉がかなり深く積もっていて突破困難な場所があった。
かつて乙羽姫がこの地の崖にクズの花が満開に咲いているのを見て観音像を安置したのだそうだ。
仙人峠だ。
あまり眺望は得られない。
仙人堂跡。
ここにあったお堂には様々な怪談・奇談が書かれており、その一部は遠野物語として編纂されたのだそうだ。
うーん、山だな。
それにしても春蝉の声が絶えず鳴っていて、熊鈴の音をかき消している。
これでは意味がない。
そうして少しだけ物思いに耽って休憩して、峠を越して出発した直後、僕は「人ならざるもの」に会ってしまった。
峠には新鮮な獣の糞があった。
猿?鹿?猪?……にしては随分でかい。
猛烈に嫌な予感がする。
少し歩き前方を見ると……それは居た。
熊だ。
しかも……親子だ。
山に入る以上、熊については文献上では理解していたが、こうして対面するのは初めてのことであった。
確か獣は相手から恐怖心を読み取り、獲物かどうか判断するらしい。
感情を無にしてひたすら熊の親子を凝視する。
数秒の沈黙の後、低い唸り声とともに親熊は下の斜面の草むらへ去った。
が……小熊は未だ興味深げにこちらを見ている。
早く去ってくれ、と祈っているとまた数秒の後、小熊も親を追って草むらへ消えた。
山を歩き始めてもう何年も経っているが、とうとう熊と遭遇してしまった。
人っ子一人居ないこんな秘境である。
ここは完全に彼らの領域であり、僕こそが招かれざる客、ということだろう。
せっかく道を開けてくれたのだ。
寛大な心に感謝して早々に下山しよう。
早々に下山したいのだが……こんなときに限って道に迷った。
というか、道が合っているのか不安になった。
地理院地図の破線道から道が大きく逸れていくからである。
何度か往復してみたが、地図にあるようなルートは判然としない。
結局無駄な体力だけ消耗して明瞭な踏み跡を辿ることにした。
中仙人茶屋だ。
道が合っていたようでほっとする。
かつてはここまで木樋で水が引かれていて、休憩所になっていたようだ。
しばらくは緩やかな下りが続く。
爽快に駆けていく。
すり鉢状になった九十九折は倒木が多くてかなわない。
歩きづらいことこの上ない。
最後の下りも地図と違うために困惑したが、ここまで来たらもうどうとでもなるだろう。
橋が見えた。
久しぶりの近代的な人工物を見てほっとする。
山道を抜けた。
やれやれ。
廃墟が目立つ小さな集落を抜ける。
甲子川だ。
遠野から釜石に入ったのだな。
陸中大橋駅に到着。
ここがゴール。
かつては鉄鉱石の積み出しもしていたので複線軌道の大きな駅だ。
今は駅舎もない無人駅だが……。
この先には日本でも珍しい鉄道のループトンネルがある。
さて、列車が来るまで時間もあるので釜石鉱山の見学に行ってみよう。
駅から北へ歩いていく。
この辺りはかつて鉱山で働く職員の社宅があったらしい。
釜石鉱山だ。
鉄鉱石を精錬する、日本で初めての近代産業がここで始まった。
かつて栄華を誇った鉱山だが、閉山した今も日本製鐵が釜石の地で操業している。
平成になるまで使われていた事務所も見学できる。
近代的すぎて今見てもあまり遜色がない。
さて、見学を終え列車で遠野へ移動し、今日の宿へ。
夕飯にジンギスカンを食べた。
美味し。
明日は釜石市街地まで歩く。
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