松尾芭蕉が奥の細道で訪れた九十九島を巡る。
後半は芭蕉も歩いた象潟の町並みをゆっくり見物しながら歩く。
参道の周りは公園になっており、池が夏の風情があって心が落ち着く。
立派な庭園である。
樹齢1000年ともされる大きなタブの木。
この木に木登り地蔵という小さな地蔵が安置されているのだが、庭の掃除をしている人に聞いて始めて分かるぐらい気付きにくいところにある。
さあ、九十九島へ行くぞ。
早速、目の前に小島……というか小さな丘が見える。
九十九島はかつては宮城の松島のように、海に無数の小島が浮かぶ景勝地であった。
しかし、大地震により海面が隆起し、現在のような奇妙な光景が出来上がったものである。
松尾芭蕉が訪れたのは海面が隆起する前で、小舟で探勝したそうである。
道が寸断されている。
青い水田に浮かぶ九十九島。
こうしているとかつての海に浮かぶ島々が目に浮かんでくるようだ。
美しい景色だ。
ここから少し坂を上る。
ちょっと寂しいところだな。
かつてここにも集落があったのだろうか。
轍はしっかりしているので車通りは未だにあるようだ。
ソバ畑だろうか。
ちょうど花期のようだ。
向こうには海が見える。
素晴らしい景色だ。
振り返れば鳥海山。
素晴らしい。
しかし、コースはまだ続く。
なるほど、国道よりも何倍も楽しいな。
まさに芭蕉がこの場所から九十九島の船旅に出たのだとか!
これは胸が熱くなるな。
朱色の欄干が往時を偲ばせる。
今は地面が隆起し、建物が建ってしまい往時の景色を想像することは難しい。
明治維新の戊辰の役の際に決死隊が祈願をするなど、由緒のある社のようだ。
仁賀保氏の居城だったそうだ。
父の縁組で象潟から松島に嫁いだタニという娘がいたが、松島に着いてみると夫となるはずだった男は病で死んでしまっていた。
しかし、タニは象潟には帰らず、松島の瑞巌寺の尼となり名を紅連として生涯夫を弔ったそうだ。
全く、いくら時間があっても足りないぞ、これでは。
海運の安全祈願をするための船絵馬が多く奉じられているそうだ。
すぐにまた路地に入る。
あの海に突き出している岬が、秋田と山形の境である三崎峠だろうか。
さあ、次はとうとう秋田県最後のコースだ!
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