2018年12月24日月曜日

              

新・奥の細道(宮城)『No.19奥州の歴史とロマンにふれるみち』

2018/12/24(月)

連絡コースと通行不能のNo.7コースを除けばこれが最後の宮城県コースとなる。
里の素朴な見どころを繋ぎながら田園地帯を歩き、最後は小迫観音と旧金成小学校を観る。
















旧沢辺駅からくりはら田園鉄道の鉄路を望む。
かつてはここにも列車が走っていた。
























迫川の河原に出てきた。
少しコーヒーブレイクする。

















沢辺ゲンジボタル発生地。
かつてはこの周辺にはゲンジボタルが群生しており、地域の名物とされていたが、開発に伴いホタルも生息地を減らしていったそうである。
かつての小川のせせらぎを取り戻すことはできない。















右折して連絡コースとの重複区間を離れる。


















迫川を渡る。


















コースは右折だが、左折して姉歯の松を見にいく。


















姉歯の松跡。
かつて、気仙郡高田に朝日と夕日という姉妹が居たが、姉の朝日は天皇の采女に選ばれ、故郷を発ったが、途中で時化に遭いこの梨崎の地に辿り着き、重い病気にかかり死んでしまった。
その後、妹の夕日が采女として京へ向かう途中、この地へ立ち寄り、悲運の死を遂げた姉の墓に松を植えたのだという。
数百年の後に生えた松は姉妹のように一本の幹が二本に分かれていた……という悲話が伝えられており、多くの歌人がこの松について句を詠んだのだそうだ。
今は松はない。










里の風景の中を歩く。


















途中、コースマップによると田園を横切ることになっているが、道はない。


















途中に館山公園がある。
かつては臥牛館という葛西市家臣二階堂常信の居館があったそうだ。

















再び迫川を渡る。


















一度市街地に入る。


















国道を横断する。












広い田園地帯に出てきた。
栗駒山の山脈が美しい。
























坂を上っていくと小迫観音がある。

















小迫観音堂。
坂上田村麻呂が奥州の蝦夷平定の後に、勝利奉賛のために建立したものと伝えられている。
















そして往路に戦勝祈願したという白山神社。
参拝してきた。

















坂を下ると金成正教会がある。
小さい素朴な教会だ。












すぐ側に旧金成小学校がある。
登米の教育資料館ほどのインパクトはないが、和洋折衷の見事な木造校舎だ。
今は歴史資料館として開放されているが、残念ながら冬季閉鎖中であった。
うう……中を見たかった。





















金成中町バス停に出てきた。
ここがゴール。

















少し遅めのお昼になってしまったが、近くにラーメン屋があったのでここで昼食をとることにした。
冷えた体に辛味噌ラーメンはとてもありがたい……
五臓六腑に染み渡るぜ。















その後はバスが来るまで金成ショッピングセンターで時間を潰し、バスで一関駅へ向かい、新幹線で帰路に就いた。
         

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